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黄自土の胎土は鉢植え界において人形土と呼ばれ、き、割にも良ー古来尊ぼれている.、時代が下がるにつれ一、、胎土が普通の紫泥や朱泥に変わってきているので、時代も古渡とそうでないものの判別はしやすい。 三点共それぞれに自交肚の特色の良くでた作品であります。 南宋の青磁の名窯竜泉窯に対比して存在したとされる哥窯の作品の清の発正・乾隆時代(一七二三〜一七九五年)頃の彷製(写し)であります。 珍しく生穴の、つまり最初から鉢植え鉢として製作された作品で、おそらく胎土の厚みより厚いのではないかと思われる自磁の穂は、表面がちりめんのように小さく波打ち、見事なまでの大貫入(氷裂)が無作為に走り見る者の想像をかきたてる。 今はなき神田・東京古民具骨董館の小さな店の片すみに薄くほこりをかむって恥た。 これを見い出した時の蔵者・の胸の高鳴12が聞こえるような鉢であります。 栴恥景徳鎮系め窯と后われるがひ。 中国の徳鎮の所在地が、もと饒州府に属していたの'.・この名があるという。 鞭前は徳化窯の作と同じ名称で南京自吉回麗隅切長方の名を以て、昭和→八年杉本佐七翁編の樹鉢水盤陳列大会記念帳に牛込の窪寺惣作氏がこの鉢を出品しています。 戦後は四六回国風展に横浜の炉茶の実会がぼけを納めて出品しています。 やわ らかい感じの自紬は小さく表面に貫入が走り古薩摩の肌を思わせ、粕下のずじ刻が品よく夏草と蝶を浮かびあがらせています。 三味胴といわれる形で普通の均窯の同形を時おり見かけるものであります。 紫泥の胎士に自磁に用いる自粕を施したもので派手さはないが数の少ないものであります。 中渡り。 |