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ちょこまろ


ちょこまろ

時代物の風情ある名樹も数多く出廻り、一段とにぎやかなものであった。
庭木と言えば麹町のさる豪邸の玄関先の馬車廻しの中へ植えられた.ザクロの樹容と美 事にハサミの入れられた枝先の美しさはザクロの事を思うたび、現在でも頭に浮かんで来る。
樹肌については、時代面から幾分不満の点も見られたが、荒皮性やイポ幹なども現われて来た。
何といっても一世を画したのは、捩幹の出現であり、それは大実からの変種と言われ 大実の性格をそっくり受け継ぎ樹勢は強く、幹や枝が顕著に左に捩れ、若くして時代を現わし、それが風格を示し雅趣を深め、寒樹の相は深く寂びを示すことであります。
捩幹は多肥を好むものであり、仕上がりも早いために一躍うえ木界の寵児となり、有力者からも謬められ、入札価格の記録を次々と更新して行ったのであります。
産地の名古屋地方では畑作りの促成物も作られ、次第に一般にも行き渡るようになった。
大正年間には今日のようなカラー写真はなく,その華麗さを伝えるための、人気樹種の彩色の画集も発行され、二十余種の花容、性状などが解説されていた。
金盛時代は五十余の種類もあり、うえ木を語る者はまず、ザクロからと言った惑じであるが、その中から2、3拾って見ると、最高は五彩石榴であり、これは錦抱から変化したもので、花は朱の八重、白八重、更紗、紅白咲分や白ガクに紅筋入りなど多彩であり、それぞれの芽も咲く花に応じて、青茅、赤芽筋入り、半染め、絞りなどの変化も見られ、花に対する願いのすぺてが凝縮されたようなものであった。

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